2021年04月08日
新型ウイルス
客員主任研究員
松林 薫
日本で新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う緊急事態宣言が発令されて間もなく1年。足元では感染力の強い変異株が現れるなど、パンデミック(世界的大流行)が終息する気配はない。その一方で、新型ウイルスの特徴や拡散防止策について見えてきた部分も多い。これまでに分かったことをQ&A形式でまとめた。
<登場人物> |
花子:2021年の年明けに1カ月間の緊急事態宣言が発令され、さらに2度延長されましたね。前年の4月に続き2度目です。英国やフランスなどでも感染者が増えてロックダウン(都市封鎖)が実施されているわ。さらに、感染力の強い変異株も登場し、世界中が新型ウイルスに振り回されています。
世界の新型ウイルスの被害状況
(出所)ジョンズ・ホプキンス大学、2021年4月5日時点
先生:まず、このウイルスについて、分かってきたことを振り返っておきましょう。一般に「新型」コロナと呼ばれるように、以前から身近に存在していた「風邪」ウイルスの仲間なの。「エンベロープ」と呼ばれる膜に覆われていて、この点はインフルエンザと同じだわ。
膜は脂肪からできているので、せっけんや消毒用アルコールに触れると、比較的簡単に溶けて壊れてしまう。下痢や嘔吐(おうと)を引き起こすノロウイルスなど、膜を持たない非エンベロープ型に比べると、それが手洗いやアルコール消毒の効果が高い理由だわ。ただ、新型だから人間の身体にはまだ免疫がない。だから拡散が速く、重症化もしやすいの。
ウイルスは、エンベロープに生えている「スパイク」という突起で人間の細胞に取り付き、侵入する。自力で増殖することはできないので、エンベロープの中に格納されていたRNA(リボ核酸)という遺伝情報を細胞内でコピーすることで増えていく。開発済みのワクチンや治療薬にも、こうした過程を薬や免疫で邪魔するタイプが多いのよ。
新型ウイルスのイメージ
(出所)筆者
太郎:どうしてここまで大規模な感染拡大、つまりパンデミック(世界的大流行)に発展したんですか。
先生:新型ウイルスの感染力が高かったことは確かね。でも、感染拡大が始まった初期に、各国や世界保健機関(WHO)の対応が後手に回ってしまったことも否定できないわ。
過去30年間は歴史的に見てもグローバル化が急速に進んだ時代なの。拡散防止の基本である外国との往来を制限する「水際作戦」をとると、どの国も経済に深刻なダメージを被るようになったのよ。
特に、感染爆発が最初に起きた中国は「世界の工場」と言われるほど、各国の経済と深く結びついている。日本も含め、政府が入国管理を厳しくするのをためらい、結果として水際作戦に踏み切るタイミングが遅れてしまったの。
そうした事情も影響して、今から振り返るとリスクを過小評価してしまった面もあるわね。例えば当初は専門家も含め、「入国制限は不要」「マスクに予防効果はない」といった意見を発信する人が多かった。先進国の間には、「中国より医療体制が整っているから、同じような感染爆発は起きない」という先入観があったかもしれないわね。
これに対し、香港や台湾、ベトナムなどは過去に重症急性呼吸器症候群(SARS)の流行を経験しているので対応が早く、欧米のような感染爆発は起きなかった。この点は先進国の反省点ね。
新型ウイルス感染拡大の経緯
(出所)各種報道を基に筆者
花子:1年前には「夏になれば収まるのでは」という予想もあったのに、どうして長引いているの。
先生:理由の1つは重症化率が比較的「低い」からでしょうね。「怖いウイルス」と聞くと、感染したらすぐに死んでしまう病気を思い浮かべるでしょう。でも、毒性(=病原性)が高いウイルスには、急速に広がらない傾向があるの。すぐに劇症化すれば隔離がしやすいし、身体が弱って動けなくなるので他人にうつす機会が減るからよ。
太郎:そうか。今回の新型ウイルスは逆に、かかっても無症状や軽症の人が多い。だから本人が気づかないうちに拡散してしまうリスクが高いんですね。
先生:そうなのよ。別のコロナウイルスが原因だったSARSや中東呼吸器症候群(MERS)は致死率が10〜30%台と高かった。その代わり、パンデミックになる前に封じ込めることができたわ。
これに対し、新型ウイルスは日本や欧米での致死率が1%台で、SARSやMERSよりずっと低い。症状も、健康で若い人なら、風邪や季節性インフルエンザに似ていて見分けにくいでしょ。そもそも感染拡大を防ぐのが難しいわけ。結果として犠牲者は、SARS やMERSよりずっと多くなってしまったわ。
感染症の致死率
(出所)WHO、各種報道を基に筆者
太郎:重症化するリスクが小さいから怖くない、とは限らないのか。
先生:例えば、季節性インフルエンザは治療薬があってワクチンの集団接種も行われているけど、日本だけで毎年何百万もの人が感染し3000〜4000人が亡くなっているわ。関連死を含めれば1万人になるという推計も。インフルエンザ脳症などで重大な後遺症が残るケースも少なくないの。重症化率や致死率だけでウイルスの本当の「怖さ」は測れないわ。
花子:季節性インフルエンザも実は怖いんですね。でも、大流行したからといって緊急事態宣言は出されないし、医療崩壊が問題になった記憶もないわ。
先生:それは新型ウイルスと季節性インフルエンザで、医療機関の受け入れ体制が全然違うからよ。花子さんは「インフルエンザにかかったかな」と思ったらどこに行く?
花子:近くの診療所です。
先生:そうよね。診療所や中小の病院でも手軽に検査や治療をしてもらえるのは、治療法や院内感染を防ぐノウハウが確立しているからよ。
でも、新型ウイルスについてはインフルエンザなどに比べて致死率が高く、未知の部分が多かったので、政府は感染症法の区分で「2類」に指定したの。これはSARSや結核などと同じように扱うという意味なのよ。
このため、「5類」の季節性インフルエンザと違って、医師や看護師は防護服や特殊なマスクを着けて治療に当たる。感染した人もウイルスが漏れない特別な場所に隔離される。対応できるスタッフと、設備や資材を揃えている病院はごく一部だけ。だから、感染者が急に増えると、一般の病院にベッドの空きがあったとしても対応できなくなるの。
太郎:一般の病院でも対応できるように、指定を変えることはできないの。
先生:政府も検討はしているわ。新型ウイルスに打ち勝つには、将来的に一般の医療機関でも対応できる体制を整えることが不可欠ね。でも、そこまで準備が進んでないのが現実だわ。季節性インフルエンザのように、診療所でも処方できる治療薬や、その場で検査ができるキットなどが普及すれば状況が変わるかも。
国内の新規陽性者と死者
(出所)厚生労働省、2020年4月4日時点
花子:日本でもワクチンの接種が始まりました。これで終息に向かうのかしら。
先生:一般に、伝染病のパンデミックが収まるには、集団のうち少なくとも4〜5割が免疫を獲得する必要があると言われているわ。いわゆる「集団免疫」ね。日本の総人口が約1億2000万人として、5000万人くらいが免疫を持てばよいことになる。政府は年内に国民全員分のワクチンを確保できるとしているから、順調に接種が進めば今年の後半には効果が現れる可能性があるわね。
花子:でも、オタフク風邪などの予防注射と違って、一度打てば一生効果が続くものではないんですよね。
先生:そう、大事なポイントね。頻繁に変異もするから、季節性インフルエンザと同じで定期的な接種が必要になりそうなの。
太郎:ワクチンは急いで開発したみたいだけど、副作用(=副反応)の心配はないのかな。
先生:ワクチンの開発から商品化まで、実は10年くらいかかるケースも珍しくない。今回は開発も安全性審査も異例のスピードだったと言えるわね。だから、人体への長期的な影響については「未知の部分」があるのも事実だわ。
ただ、世界で接種が1億回を超えているのに、ワクチンが原因とされる深刻な副反応はそれほど確認されていない。日本が購入する欧米ワクチンについても、今のところ他の感染症のものと比べて危険性が高いとは言えないわ。どんなワクチンにもリスクはあるので。感染防止効果とのバランスを見極めながら接種を進めていくことになるわね。
かつて日本が経験したスペイン風邪の流行も1918~1920年にかけて断続的に起こり、2度目の流行では致死率が高まった。ウイルスが変異して強毒化したためとみられているの。原因がウイルスと分かっていなかった100年前と状況は違うけど、警戒を続ける必要があるわね。
主な新型ウイルス対策
(出所)各種報道を基に筆者
松林 薫